■ダイニー アリスインタビュー■

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ゴキブリコンビナート第31回公演『ゴキブリハートカクテル』(2015年2月12日15日)

Dr. エクアドル
劇作家、演出家、俳優
ゴキブリコンビナート 主宰

1966年、福島県生まれ。1990年に黄金劇場で初舞台。以後、数々の演劇公演や舞踏公演を経て、1994年、ゴキブリコンビナート旗揚げ。脚本、演出、俳優、作曲、美術製作、宣伝美術など、すべてのスタッフワークを受け持つ。下品、残酷、悲惨なモチーフを、型破りな独自のエンターテイメントに仕立てる手腕は、多くの熱狂的なファン(と同時にアンチ)を生み出している。劇場以外でのパフォーマンス活動やアイドルグループ(BBG48)のプロデュースなども精力的に展開。現在、野外公演のための会場を絶賛探索中。
http://www016.upp.so-net.ne.jp/goki-con/



中野にほど近い私鉄沿線の喫茶店。約束の時間をほんの少しまわってその人物は現れた。ゴキブリコンビナート主宰のDr.エクアドル氏である。ゴキブリコンビナートの主宰にして、作・演出・出演はもちろん、振付・美術・作曲などあらゆるスタッフワークも手がける同氏。「下品の極北」とも、「小劇場界のマンソン住血吸虫」とも呼ばれる劇団の心臓(ハート)に、最新作『ゴキブリハートカクテル』についてお聞きした。
 

--はじめまして。今回もアリスフェスティバルでの上演ですね。今回の『ゴキブリハートカクテル』なんですが、もう台本は出来上がっているんですか?
(※注:インタビューは公演前の1月下旬に行なわれた)

Dr.エクアドル(以下、Dr.) いや、まだ構想段階ですね。けっこうお芝居の稽古だけじゃなくて、他のことも考えていかないとなんで。面白いストーリーを思い付いたから……っていうわけじゃないので。そっちの構想のところで、けっこうまだ未定なところがいっぱいありますね。これからスゴいスピードでいろいろ決まっていくんですけど(笑)。


--今の段階でこうしたいと考えてられることってありますか?

Dr. 当初からの予定ですし、ここ2、3作の路線なんですけど、順路形式というか、お化け屋敷形式。お客さんが移動しながら次のシーン、次のシーンへと進んでいく。お客さんを一気に集めて、そこで同じ時間軸で次のシーン、次のシーンと観せていくんじゃなくて、お客さんが移動しながら、シーンからシーンへと移っていく。その中でお化け屋敷的な、お客さんを驚かせる仕掛けがあるという感じです。


--今回は「アトラクション演劇シリーズ第三弾」ですが、そもそもこの形式はどうやって思いつかれたんですか?

Dr. もともと順路になる前から、たとえば着ぐるみが出てきたりだとか、重機が出てきたりするもそうですけど、五感で受け止めてもらえる演劇をやろうとか、なるべく距離を縮めて空間を共有しているという意識を強く感じてもらおうとか、そういう気持ちの中でつくってきたので、行き着く先として必然かなと思うんです。

 それと今はそんなに行かないですけど、実際に遊園地とかに行くと、ディズニーランドみたいにコンセプトをちゃんとつくってある遊園地というのは、たとえばジェットコースターひとつ乗るにも、何かストーリーが進行していくんですね。「スプラッシュマウンテン」だと落ちる前に登っていくんですけど、その間にお話がいろいろと展開していく。そういうのが単純に面白いなぁと思っていたというのがあります。


--五感で受け止めてもらえる演劇……もう少し詳しくお話しいただけますか?

Dr. でも、自分が客というかユーザーとして観たりするのは、もともと平面的なものが好きなんですよ、割と。演劇とかを観ていると、平面としての力っていうのは絶対的に弱いんですよね、映画とか漫画に比べると。平面でいうとかなり制約の大きい、なんというのかあまり能力の高くない表現形式だと思うんです。だけど何でみんな観に行くかというと、やっぱりひとつの空間を共有しているとか……なんだろ、実際は平面じゃないところ、そういうところでみんな観に行っているんだろうと思うんですよね。

 たとえば面白いんですけど、基本僕は裏方なんでそういう見方をしていると、スタッフワークっていうのが熟練していけばいくほど、平面として上手に見せるというところに熟達していくんです。シーンを切り替える時に、すごく上手い劇団とかは紗幕を何層も使って照明をパッと切り替えると。今まで家の中だったのが野外になったり。技術力がついてくると、そういうことをやり出すんですよね。どんどん平らになって奥行きのない……いや、一概には言えないんですけど、もちろん立体化の工夫もあるんですけど彼らの中には。

 それで、何で大手の商業的なものが維持されているかというと、多分それはスターの力なんです。今の世の中おそらく。だからスターとかいうところじゃない出発点。別にイケメン集団でもない僕たちがやるべきことはそれじゃないだろうと。スターだったら別に豆粒のように見えていても「あ、いる!」っていう同じ空間の中にいる意味が大きいと思うんですけど、誰だか分からない人間がポーンと出てきて、それで何か強い印象を与えるには、やっぱりどんどん平面に持っていってもダメだろうと思うんです。

 ただ一方で面白いのは、劇団四季ってスターがいないじゃないですか。たとえばテレビに出ているような有名なタレントって出演していないでしょ。そういうところって、装置とか見ると立体的な……今しゃべってて気づいたんですけど、やっぱりセットが大掛かりになるなり方が、遊園地的なものになってきますね。


--「遊園地的」はキーワードですね。他には、表現に関してどういうものに影響を受けているのですか?

Dr. 空間とかの使い方でいうと、自分が客として観た中で大きなヒントを得たのは、「ラ・フーラ・デルス・バウス」ですね。スペインのダンスのグループなんですけど、客席と舞台がないんですよ。基本はダンスなんですけど、客の中に分け入ってチェーンソーを振り回したりする人たちで(笑)。

--今、劇団員は何名くらいいらっしゃるんですか?

Dr. それが今……ヤバくてですね。なんか分かんないですね。劇団を一緒に始めた竹田という男がいるんですけど、竹田とかも2年くらい休むんですよ。他にもこの人はもう去っていったのかな?って思っているとまた現れる。それでまた次回はいないんです。

 なんていうんですかね、OB気分というか……けっこう古くから劇団を支えてくれているような、もう10年以上の付き合いになる人たちっていうのは5、6人いるんですけど、気まぐれ参加(笑)。でもその人たちならば、これなら任せられるみたいな技術は持っているし、この人はこういう芸風っていうのも分かっている。だから気まぐれOBでも、じゃ今回お願いします……みたいな。そういう……感じですね。

 これは僕の悩みですけど、しっかりとした中堅みたいな人がいなくて、その都度集まってくる古株と、何だか分からなくて来てしまった新人的な人たちの中でやっています。だから次の本公演8、9人くらいが出演者なんですけど、初めて出る人が2人います。


--新人的な人たちはオーディションとかされるんですか?

Dr. しないです。まだ会ったことない人もいるんで……。なんか四国から2月4日に着きますって言ってたから。


--どうやって出演が決まったんですか?

Dr. ツイッターです。だからあまり信用してはいけないというか……。でもなんか逃げますね、大概そういうので来た人とか、若い子とかが来ると。ちょっと稽古場に1回か2回来て「……思ってたのと違う」みたいな。つくっていく過程とか、それはそれは地味ですし……。


--つくっていく過程はどのような感じなんですか?

Dr. 作品は派手にしようとしているから派手ですけど、つくっている過程はジャージを着たおじちゃんが、ボソボソしゃべって体操みたいなことをしているだけだから(笑)。

 稽古もそうだけど、仕込みもひたすら地道なことの積み重ねなので。あとなんだろう、舞台上では乱暴者だけど、基本普段からパンクスみたいな人っていうのはうちの場合はいないんです。みんな何かうつむきがちな草食系みたいな人たちが稽古場にはいるので。

 作品を観て「あぁこの人たちと一緒にやりたい!」って思った人の何割かは、それを見てガクっとなるかもしれない。それはでも演劇に限らずそういうギャップってあると思うんですけどね。


--ゴキブリコンビナートというと、みなさん臭いのことを言われると思うんですけど……

Dr. 臭いはですね……五感とはいいつつも、臭いは意図せざるものなので、いつも申し訳ないなぁと。臭いまで味わわせようとは思っていなくて、臭いはなるべく出さないようにしてはいるんですが……結果的に出てしまっています。

 だから納豆は2013年? (『こんにちは赤ちゃん』での)納豆の時も、観に来るつもりでタイニイアリスの前まで来たのに、今回のは特に臭そうだといって帰っちゃったお客さんもいたりして……もう納豆はやめようと思いましたね。とにかく納豆は大変で、納豆じゃなくて板、つまり納豆をぶちまけられた壁の方を産廃業者へ持って行った時に、産廃業者がものすごく嫌な顔をして……。住宅街にあった産廃業者へ持って行ったからかもしれないけれど、ものすっごく嫌な顔をされて……産廃業者に引き取ってもらえなかったらどうしようと(笑)。


--今回の公演は、臭いについてはどうなりそうですか?

Dr. だけど、たとえば納豆もやってみないとですね……。ドラム缶の中に納豆を入れてたんですけど、当日は納豆だけの臭いなんだけど、2日目くらいから臭いが変わってきたんですよね。分かんないじゃないですか、元々発酵食品だから。腐ってるものだからずっと納豆の臭いかなって思ってて……でも実際には臭いが変化してて(笑)。いろいろと未知数は多くてですね、分からないんですよね。稽古場でシミュレーションできないことがいっぱいあって。

 だから意外に臭くないなって時もあるし、予想もつかない臭いが充満する時もあるし……。臭いは不可抗力。別にねらってないです。むしろ臭いはいい匂いにさせたい。目はどぎついもの、匂いはいい匂いでそこで癒されてもらいたいけれど、なかなかできないですね。


--何か使ってみたい素材などはありますか?

Dr. コールタールも一回やってみたいですね、今回はやらないだろうな。でも油は集めてみたい。原油とか見たことないから、どういう感じなんだろう……手に入らないですよね。あとは今回やるか分からないけど……連想でしゃべっているからあれですが、ぬかるみもやってみたいです、泥とかでいいんですけど。ゲルとかはやっているんですけど、ぬかるみはやったことがないです。


--筋自体にもテーマってあるんですか?

Dr. 仕掛けから入るんで……何でしょう。でもあれですね、人間関係のもつれが、家族なのか夫婦なのか恋愛関係か分からないですが、そういった関係が不安定になると感情がものすごく揺れ動いて、誰かを殺したくなったり、痛めつけたくなる衝動に、人間は駆られてしまうかもしれない。たぶん、すごくおおまかなことしか言えないですけど、そういうストーリーが展開していくだろうと思います。


--下ネタであったり、身体障害であったり、病気であったり、社会の最下層で虐げられている存在であったり、そういうモチーフがかなり取り入れられていると思うんですが、何か既存の社会へのアンチテーゼのようなことは意識されているのでしょうか?

Dr. そうですね。今はそれほどではないですが、バブル……僕の青春時代っていうとバブルなんですけど。バブルの後、たとえばドラマでいうとトレンディドラマとかはバブルの後もしばらく続くんですけど、ああいうものっていうのは基本的に……たとえば今回のチラシのネタにしているわたせせいぞうでもそうですけど、「ちょっと上」。なんていうか……憧れるライフスタイルにほど近い、庶民の皆さんのちょい上くらい……。もうちょっとで届きそうくらいの生活の中でドラマが展開していくと、何か食いついてくるんだそうです。「だそうです」というのは僕もそう思ったんだけれど、あるドラマの有名な作者がインタビューで答えてたんで、その通りだなぁと。

 そういう時代の風潮……今じゃないんですけど自分が始めた頃、そういう風潮に対してアンチを投げかけたいと。やっぱり、たとえば自分の中学時代、高校時代とか考えると、クラスを仕切っているのはヤンキー。大多数はヤンキーではないんだけど、でもどことなく基本ヤンキー。そういう中で育ってくると……また僕の父親なんかは農家の子だくさんの末っ子で、自衛隊だったんですけど、基本ガテン系です。目の前で展開しているそういった現実っていうのは、テレビドラマと……当時ですけどね、わたせせいぞうさんのイラストで展開しているような景色と比べると、もうちょっと見すぼらしくて、あまり品が無くて。そういうものが満ち溢れているだろうと。

 だからそういうトレンディドラマとかつくっている人たちが、なるべく排除しようとしている要素を、日常的でありながらなるべく夢を見るために意識から排除していきたいものをかき集めて、喉元に突き返すことで何か成立しないかなと。うっとりさせるものがもてはやされる風潮にアンチを投げかけて、もっと身近で生々しいものを題材につくっていきたいというところです。だけど、何かそういうものに目を向けないような力が働いているから「いや、現実はもっと溢れているよ」というのをちょっと誇張した感じですね。


--最後に今回の公演への意気込みをお願いします。

Dr. じゃあ……思う存分やらせていただきます。小屋のメンテナンスを気にせず(笑)。


 こちらの質問に対して、噛みしめるように訥々と言葉を口にする姿がとても印象的だった。一見すると出禁劇場多数と言われる過激劇団の主宰者とは思えない。しかし、その言葉に耳を傾けると、やっぱり「ゴキコン」の主宰者である。タブーへの偏愛、安心と自由の狭間での葛藤、失われゆく都市の隙間……。ここには載せきれなかったが、どこか冷めながらも決してそらすことのない社会への目線と、そこから生まれる鋭利な洞察や葛藤の数々。ただし、芝居の会場に入った瞬間に氏のそんな姿は忘れてかまわない。たぶん……きっと。ゴキコンの芝居は、感じることからすべてがはじまるのだから。

 最後に宣伝をひとつ。なんと今春、タイニイアリスがオープンしてからの32年が一冊の本になる。書名はずばり、『小劇場タイニイアリス?ここは演劇の不思議の国』。芸術新聞社から刊行予定である。先にも触れたここに載せきれなかった話題やDr.エクアドル氏が演劇を志した経緯などもインタビュー記事として収録予定。ゴキブリコンビナートファンはもちろん、小劇場ファン必携の一冊になること間違いなし! と大見得を切ってみる。書店でお見かけの際は、ぜひお手にとって、そのままレジへ……

(インタビュー・写真・構成=沼上純也)

劇団アランサムセ [ファウスト ―漂流者―]
アランサセ インタビュー (新宿)(構成:李 知映(イ・ジヨン))

アンニョンハセヨ(안녕하세요)。
日本語の中に朝鮮語が混ざっている稽古場。
ここは在日劇団アランサセの稽古場@新宿。

主宰 金正浩氏に聞く

―2014年度Alice Festival 参加作品である「ファウスト」は初演ではないですよね。

金  2005年度Alice Festival 参加作として上演したことがあります。今回の再演ではこの9年間をいかに取り込むか、1990年に実際に起こった「事件」をモチーフにしていますが、24年前の出来事を再現するのではなく、現在の問題と
して描くために少し修正を加えました。
金正浩
―劇団アランサセは在日の歴史、悩み、現状などについてよく考え、それを演劇というジャンルを使い表現しています。今回の作品はどのような思いでしょうか。

 我々はいつも「日本社会の中の在日同胞社会」という視点で作品を創っています。つまり、我々の生活やその中で提起されるいろいろな問題や感情、考え方などがメインテーマですが、それらと日本社会の在り方は密接に結びついていて、どちらか一方だけを描く、問題視するという偏りをしないよう留意しているということです。
今回の「ファウスト」は、一つは日本社会、特に為政者の歴史認識の問題を提起しながら、その状況の中で我々在日社会は「差別と権利」、「権利と同化」という問題にどう向き合っていくのかという想いで創っています。


―現在の日本における在日の状況は以前と比べるとかなり変わってきたと思います。作品の中にも「24年前とは違う」というセリフがありますが、、、そのような現状と、実際に演劇という創作活動との間、何か影響はありますか。

 24年間に世界的にも、朝鮮半島情勢においても、日本社会と在日社会においても大きな変化がありました。「大阪朝高女子バレーボール部出場辞退事件」が起きた1990年に東西ドイツが統一し、ソ連と韓国が国交を結びました。在日社会では朝鮮学校の高体連加盟問題や国公立大学の受験資格問題など権利獲得運動が高まる一方、権利獲得が「日本人と一緒」、さらには「日本人のように」をゴールとするような意識も、世代交代と時を同じくして出てきたと考えています。
世代交代は劇団の創作、役者陣にも及んで、結果的に朝鮮語にこだわった創作、上演から日本語での上演にこの間にシフトしたりもしました。
今回の「ファウスト」に関連しては、1990年には、日本の大学へ進学する朝鮮高校卒業生がさほど多くなかったのですが、今は多数を占めるようになった。日本学校へ行くことが悪いのではなく、日本社会でどう生きていくか、そのための進路選択をどうするか、といった部分で、「朝鮮人として」の帰属や志向に対する変化も確実になってきたという実感があります。この24年間の差異みたいなものが今回のテーマに絡んでくると考えています。

―阿部博士の役は日本人(経塚よしひろさん)がやっていますが、それの意図はありますか。以前の上演の時もそうでしたか。

 2012年、初めて日本人の役者さんが出演しました。在日同胞以外では2003年、韓国人(金世一さんと李知映さん)と一緒に舞台を作って以来ですね。
日本人を舞台に出した理由は、もう劇団に男性が少なくなったからという現実的なことからではありますが、私たちがやってる作品に対し、一緒に共感できる日本人がいれば、一緒に共演したいと思っています。
阿部博士役を演じている経塚よしひろさんは、自分は不器用だと言ってましたが、在日社会の歴史や実情を理解するために努力してくれて、理解をされてからはとても深い演技を見せてくれました。そんな姿勢は我々に強い信頼と尊敬の気持ちを与えてくれました。まさに「ファウスト」は、アベ博士の役をこなせる彼がいるから再演できたと言えますね。

―劇団はいつ旗揚げしましたか。そのきっかけは何でしょうか。

 1988年旗揚げしました。その1年前が劇団新宿梁山泊の旗揚げ、またその1年前に、朝鮮大学の先生(僕の演劇の先生ですが)から在日だけで演劇を作ってみようという話があり、1986年に、鄭義信作、金守珍演出であっちこっちの劇団で活動していた在日の人々が集まりましたね。その時僕は朝鮮大学の教員だったので、一緒に参加させていただきました。その時、唐十郎さんや蜷川幸雄さんなどがお客さんとして見に来られました。
そのような流れの中で劇団を旗揚げしました。うちの劇団は新宿梁山泊と違って、全劇団員を在日だけで構成し、朝鮮語で芝居を作ってみようと、始めたんです。

―Alice Festival にはいつからどのような経緯で参加することになりましたか。

 タイ二イアリスでは2001年かな、、その時初めて公演を行いました。その時以来からAlice Festivalに参加しています 。きっかけですけど、うちの劇団はずっと渋谷にあった小劇場ジァン・ジァンでやってましたが、そこが2000年に閉まることとなり、ちょうど新しい劇場を探さないといけなくなった時、新宿梁山泊の芝居をみにタイ二イアリスに行ったとき、丹羽さんが近づいてきて、タイ二イアリスでどうですか。と言われその場でこれからはタイ二イアリスで公演をすることを決めたんですね。もし、その時、そのような話がなかったらば、今はもう違う劇場で公演をしていたかもしれません。新宿は場所がいいですね。

―タイニイアリスを通じて得られたものはありますか。

金  劇団Mayなど在日劇団が大阪からきてタイニイアリスで公演しています。そのような同じ在日劇団を通じて刺激されたり、そこで交流をしたりしています。みんな、在日の生活や歴史を表現していますが、その表現方法が違ったりするので劇場を通じて、演劇文化が広がっていると思います。

―今後の劇団の活動について教えてください。

 未定ですが、将来的な夢としては南北朝鮮の演劇人が集い一つの芝居を創る、そういう場に居合わせたい、何らかの役割を果たしたいと願っています。
北と南が会い、一緒に作業するというのは近年他分野ではありました。例えば文学、映画、音楽など。でも演劇はまだやったことがないですね。演劇はライブだから難しいところがあるんでしょうかね。また、劇団としては今作家がないので、新しい作品がないことが悩むところです。南、北どっちの作品でも我々がやる意義のある作品があればやってみたいですね。歴史劇なんかでもいいと思っています。もちろん母国語で。

―ちょうど、母国語で芝居を作りたいという話が出ましたが、現在はセリフの99%を日本語ですが、朝鮮語をもっと使う作品が個人的にはみたいですね。

 そうなんですね。やはり、セリフを日本語でやることにより、朝鮮語の芝居が観たいと言ってくださるお客様も少なからずいます。いつかは、朝鮮語だけの作品をしないとな……と思っていますが……。2009年の朝鮮短編劇集(北の3作品)、その中の一つを朝鮮語で公演したことがありますが、それが最後ですかね。

出演者 経塚よしひろ氏に聞く
―阿部博士の役を演じていますが、劇団アランサセに出演することになったきっかけはなんでしょうか。

経塚  アランサセには今回の作品で2度目の出演です。出演者金恵玲さんの紹介で、昨年「ハモニカ長屋のどぶろくブルース」に出演しました。その時は、在日の役でのちに日本に帰化する役を演じました。今回は日本人役ですね。
経塚よしひろ
―以前、在日について考えたことはありますか。

経塚  出演する前までは考えたことがないですね。なので、「どぶろく」時から金先生に色々教えてもらいましたね。歴史、理由があって、今、こんなセリフがあるんだとその背景については色々と教えてもらいました。日本に在日がいることは知ってましたが、在日の歴史とか今の状況については全く知りませんでした。国という大きなことからは分かるけど、実感がなかったです。が、個人対個人は、日常的な関係になるわけなので、色んな話で、よく理解できるようになりました。

―アランサセが日本の劇団と違う面がありますか。

経塚  2回だけの出演経験ですが、わりと骨ごとというか、なんでしょうかね。この劇団のメンバーは自分たちが向かわなけれならないことについて、きちんと向き合っているような気がします。そんな真面目さだけではなく、芝居自体が面白いですね。
個人的な感想ですが、日本人が日本人であることに対してそんなに考えてませんが、それは当たり前だからかもしれませんが、なぜこうなんだろうと考える機会はあまりないと思います。自分が日本人だなと思うようになりましたね。

―最後にいらっしゃるお客さんに、唯一の日本人役者さんとして一言お願いします。

経塚  どのようにとってもらうかわからないが、日本人にもっと見てもらいたい芝居です。見てどのように感じてもらうかは個人任せですが、、、

(写真:上 金正浩  下 経塚よしひろ)

公演チラシ
アラン公演チラシ表 アラン公演チラシ裏

作:アランサ
演出:金正浩
出演:金順香、姜錦哲、金恵玲、経塚よしひろ、金娥由美、金正浩 ほか
上演:2014/11/27〜11/30
 
RUKADEN Produce R4 [はなはどこへいった]
榴華殿@八幡山のある稽古場 ((聞き手・構成 李知映(イ・ジヨン))

榴華殿代表である作・演出の川松理有さんとの久しぶりの再会。彼は相変わらず素敵な微笑で温かく迎えてくれた。インタビューを行った日は、ちょうど台本が最後まで出来上がったようで、稽古場はワクワク感いっぱいの風景だった。
その中で、インタビューは行われた。

 ―榴華殿はAlice Festivalに長年参加されていますが、最初に参加するようになったきっかけについて教えてください。
川松理有
川松 榴華殿の前に、1990年から、浪漫伝という劇団の代表・演出を務めていました。初めてタイニイアリスで上演した公演の直後、タイニイアリスのオーナーである西村さんから翌年のAlice Festivalに招待されました。当時のAlice Festivalは若手劇団登竜門として名の高いもので、認められた劇団しかAlice Festival出られない、という感じでした。劇団浪漫伝は当時、西村さんの恩師であった早稲田大学の名誉教授 郡司正勝先生がたまたまご来場し、気に入られたようで、郡司先生の推薦でAlice Festivalに招待されることになったのです。
 
 ―25年間、タイニイアリスと長く関わりながらタイニイアリスはどのように変わったと思いますか。

川松 劇場が海外から劇団を招へいすることになってから、国内劇団の公演と並行して海外劇団の公演が多くなってきたと思います。印象的だったのは韓国の演出家イ・ユンテクさんの「サンシッキム(산씻김)」の上演からだと記憶しています。その後、多くの外国の劇団がAlice Festivalに招へいされました。

―海外から多くの劇団が来ることによりAlice Festivalの性格も少し変わっていったかもしれませんね。それについて思うことはありましたか。
 
川松 タイニイアリスをきっかけに、うちの劇団も海外との交流が増えてきたので、自分たちがやっているものが世界の中でどのような位置づけにあるか、分かってくるようになりました。また、タイニイアリスを通じて海外での公演も多くなりましたし、よい刺激になったと思います。

―“交流”の話になったのでちょっと言うのですが、私も、タイニイアリス小劇場(とりわけ、この芝居の出演者である森田小夜子さん)を通じて、川松さんと出会ったんですよね。それから、榴華殿の芝居に3回ほど出演させていただきましたし。
私を含め、韓国や台湾など外国の役者さんと一緒に芝居を作っていく上での面白さとか苦労したことについて教えてください。

川松 それぞれの国でやってきた演技訓練というのも全然違いましたし、言葉が通じない時もありました。そのような違いを作品の中にうまく取り入れながら作品づくりを心がけてきました。それが私にとって一番面白い経験だったと思います。
苦労ですか……、苦労はあまりしていません。経済的に大変なのは交流&共同公演じゃなくてもいつものことなので、苦労とはいえません。逆に、海外から来た方が日本語を覚えたりして、反対に彼らが苦労したかもしれません。(笑)なので、日本人の役者を含めて皆は苦労したかもしれないけど、振り返れば私にとっての苦労はあまりなかったように思います。

久保庭、森田森田 国際交流公演をする際、役者として、どのようにコミュニケーションすればよいのかと、いつも考えていました。しかし、最終的には過剰なコミュニケーションをとらずに普通に接する方がよいと思うようになりました。というのは、通じないからこそのおもしろさや、国が異なるからこそ価値観が異なる緊張感など、それらが芝居に反映されて面白くなると気づいたからです。

久保庭 多くの国際交流公演の経験があるので、あまり戸惑いはありません。ただ、日本人だけの作品を作っていく時よりは、自分が思うことをもっと口にして話ししなければならいことが多いですね。

―それでは、本公演に関する話をしたいと思います。チラシを拝見すると、produce R4公演と名乗っていますが、どのような意味でしょうか。

川松 プロデュース公演はもともと劇団メンバーだけの公演とは異なる、いろいろなところから呼んできた役者さんと一緒に公演するときの名称です。そのプロデュース 公演の四回目という意味です。2003年「月下美人」(R1)、2004年「のら猫」(R2)、2013年「跫(あしおと)/不完全犯罪」(R3)、そして今回が四回目のプロデュース 公演(R4)です。

―あなたにとって、劇団公演とプロデュース公演の違いはありますか。

川松 実は、現在はその違いは……あまりありません。最初のプロデュース公演の時には初めて一緒に作品作りをする役者もいたため、劇団員だけで公演するときとは違う感じもしましたが、今はもうプロデュース公演に何度も出ている役者もいますので、最近は違いを感じなくなってきました。

―2010年、日本-台湾-韓国の三ヶ国合同公演「のら猫たちは麗しの島をめざす」の中で、タイニイアリスの丹羽さんと西村さんを思い浮かばせるような(知る人は分かるような)劇状況がありましたが、今度の作品ではまさか、西村さんご自身が特別出演として出るんですね。それはどのような意図でしょうか。

川松 「のら猫たちは麗しの島をめざす」の場合は、榴華殿がまさにタイニイアリスを通じて海外に進出したルート(プサン、台湾、香港)を、そのまま描きながら物語化した作品です。その中で、丹羽さんと西村さんを現実そのままの立場として劇場主という役にし、他の役者さんが演じました。が、今度は実際にご本人を出してみようと思い、挑戦しているところです。役のイメージはいつもの西村さんの姿です。(笑)

―チラシの表に綺麗な人形が写っていますが、川松さんの作品の中に、演出上人形がよく使われていますね。今度の作品にも人形が出るんですか。川松さんにとって人形とはどのような存在でしょうか?

川松 今回の作品には人形はでません。若いころは人形が自分を映す鏡であると考えていました。しかし、今は自分とは違う客観的な存在として考えています。

―作品の中に、花畑、花が出てきますが、そういえば、以前の芝居でも出てきたような気がしますが、特に花に関する思い出があるのでしょうか。意味付けとか。

川松 あまり考えた事がないんですが、特に意味はありません。

―今回はお婆さんたちの冒険のお話ですが、「のら猫たちは麗しの島をめざす」もそうでしたが。映画にロードムービーというジャンルがありますが、いちおう名づけるとすれば「ロード芝居」。そんな感じの作品になっていますね。

川松 確かにロードムービーは好きです。今回の作品は一晩だけの冒険です。冒険する場所が劇場であり、そこをタイニイアリスの空間のような劇場だと設定しました。そこで勝手に遊んでいるわけですね。

今回のモチーフとなった「花はどこへ行った」という歌がありますが、この歌は歌詞が特殊で、巧妙に歌がつながっています。作品のセリフもその歌詞のように、ずっとつながっている感じを出したいと思いました。それが今回の作品のコンセプトのひとつでもあります。またもう一つ、ある日、レストランでご飯を食べている時に、古い曲「One Way Ticket to the Blues」が流れていたので、そのような感じの古臭い作品を作ってみようと思いました。

―お婆さんの姿もあれば、若い姿も見せているので演じるのに大変なことはありませんか。

久保庭 あまりお婆さんのことを気にせずにやっています。

森田 私にとっては大変ですね。お婆さんを演じるのに声よりは言い回しが大事だと演出は言いますが……、言い回しもそうですが、若い時の声の作り方もに気をつけています。

―今回の作品を通じて観客に送りたいメッセジーは。

川松 ……人生ってばかばかしいけど、ま、楽しいね。と思ってくれれば良いと思います。

―今後の劇団の活動について教えてください。

川松 できればいつか、タイニイアリス賞をいただいた『REM』をもう一度やりたいですね。タイニイアリスで是非やりたいと思っています。また、「REM」は台湾と香港で上演したことありますが、韓国でも是非やってみたいと思います。

森田 『REM』ですか……。今は難しいかもしれませんね。体力と気力がなくなってきていますので……(笑)

―本番はちょうど東京にいないため拝見できませんが、ご成功を願っています。ありがとうございました。

(写真:上 RUKADEN主宰 川松理有  下 左 久保庭尚子 右 森田小夜子)

公演チラシ
RUKADEN公演チラシ表 rukaden公演チラシ裏
作/演出:川松理有
出演:久保庭尚子、森田小夜子、かやべせいこ、小澤凌、西村博子(特別出演)
上演;2014/11/21〜24
劇団サイト:http://www.rukaden.com
 

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